北海道の北東部に位置する、オホーツクの空の玄関口である女満別空港を有する大空町。網走湖や藻琴山といった豊かな自然環境に囲まれた、人口6,884人(2021年7月末時点)の農業を主産業とする町です。2021年4月、「地域づくりと学校づくりが融合した、未来を創る人を育む学校」として、北海道大空高等学校が新しく開校されました。その初代校長となった大辻雄介校長と農場長の前道慶太さんに、道東SDGs推進協議会と水野雅弘アドバイザーが、地域みらい留学やICT(Information and Communication Technology)の可能性についてお話を伺いました。
水野アドバイザー(右)から質問を受ける、前道さん(左)と大辻校長(中)
■管理する教育から、子どもが自主的に考える学び場へ
水野:島根県の隠岐島前高校など高校魅力化プロジェクトに携わってきた大辻校長ですが、どのような理由で大空町へ来ることになったのか。何か大きな目標や覚悟のようなものがあったのか聞かせてください。
大辻:よく夢とか野望とかなんですか?と聞かれますが、あまりないんですよね(笑)。どちらかというと自分が楽しく生きることを主軸に考えています。ただ、大空町を生きる道として選んだ大きな理由は、ここの先生たちです。2年前も別の学校で校長のオファーがありましたが、そちらはお断りさせていただきました。2020年から大空高校の学校づくりに携わらせていただいていますが、まず先生たちが意欲的で主体的なんです。この先生たちと一緒に仕事をすることは、「日本一おもしろい学校づくりができるだろうな」と。そう思ったのが1番のきっかけですね。
水野:では、大空高校を一言でいうと、どんな学校を目指していますか?いろいろな思いがあると思いますが、シンプルに言うと。
大辻:シンプルに言うと、「主体性を育む」ということに力点を置いています。どうしても昨今の学校では「管理主義的な教育」が多いように感じます。大空高校はそうではなく「子どもたちが自主的に考える」、そうした学び場づくりをしています。
タブレットを使用する生徒もいれば使用しない生徒も。生徒自身が学びかたを選ぶ
廃棄される生花の問題を解決する取り組みのプレゼンをしてくれた生徒たち
■多様性を育む、地域みらい留学の可能性
水野:新しく設立された高校ということで、北海道外から入学している生徒もいると聞きました。地域みらい留学の留学先にもなっていますが、その可能性について聞かせてください。
大辻:やはり多様性だと思っています。地方ほどコミュニティの硬質化というものがあり、幼稚園から中学校まで一緒となると、「この子は運動ができる子」、「この子は勉強ができる子」といった、あまり変化のないコミュニティになってしまいます。それでは多様性が育まれません。地域みらい留学を通して、外から人が来ることで「こんな考え方する人がいるんだ」、「こんな文化圏があるんだ」といったように地域の子どもは刺激を受けてほしいです。また、外から留学でやって来た子どもにとっても地域の良さを発見したりと、視野を広げてもらいたい思いがあります。
水野:全国の学校で統廃合が進んでいく中で、あえて大空高校は新設校として開校しました。多様性や主体性を学ぶ学校が、あえて町立の学校として資金を出して進めていくことに可能性を感じます。地域にとって、また全国へ果たす役割というのは、どのようにお考えでしょうか?
大辻:「いい学校」というのは基本的に人の数だけあると思っていて、万人にとっての「いい学校づくり」というのは難しいと思っています。ただ、地域みらい留学は、「選択肢を中学生に示せる」といった点が重要だと思っていて、各校特色があるけれども、生まれ育った近隣の高校だけでなく「全国からこんなバラエティに富んでいる学校が選べるんだよ」という、そうした環境を整えることが凄く重要だと思っています。その一翼を大空高校が、道東代表として担えるならば、こんなに嬉しいことはないなと思います。
■子どもたちが多様に発展させるICT
水野:そこから旅立っていく多様で主体的な生徒が育っていったときに、大空高校から排出していく人材というのは、どういう人になっていてほしいでしょうか?前道さんはどう思いますか?
前道:「どういうことを学んで、どういう風になる」というのは、生徒たち自身が様々な選択肢の中で選べればいいと思います。もともと人と関わることが苦手だった生徒が、関わりを増やしていくことで自信を持って話せるようになったり。できないことをどんどんできるようにしていくことで、選択肢がたくさん増えていくことが良いことなのかなと思います。
より近い距離で生徒たちの成長を見守る前道さん
草花を担当する前道さん。園芸用のハウスでは販売も行い、事業として成立している
水野:子どもたちが多様な人たちと認め合っていくプロセスの中に、自分に自信を持ち自立していく、そんな人材が生まれるといいですよね。ちなみに大辻校長は、総務省地域情報化アドバイザーとしても活躍されていますが、この学校で取り組むICTと教育の可能性というのは、どのようにとらえていますでしょうか?
大辻:多くの学校がICTの活用を教具的にとらえていますよね、教える道具として。先生が事前に準備をかなり仕込んだうえで、「はい、今からみんな意見を書いてもらいます。タブレット出して、入力何分。はい、終わって片付けて、じゃあ液晶ディスプレイで見ていきましょう」といったような先生主導のICT活用になるんです。ところがICTのリテラシーって、子どもたちのほうが断然早い。なので、大空高校では「先生が使い方を主導するのをやめましょう」と。文房具と同じように、子どもたちが使いこなすというスタイルを選んでいます。同じ授業の中で使っている子もいれば使ってない子もいる、その子の学び方のスタイルなので。自分たちが使いたいと思う時に、使える環境を整えておく。そういう意味では、「学び方を子どもたち自身が、多様に発展させるための道具」というようにとらえてますね。
「自分が楽しく生きること」を軸にしている大辻校長
■タブレット端末は、世界とつながる窓
水野:ある中高一貫校で「SDGsの169あるターゲットの中から興味関心のあるターゲットをグループごとにあげて、その専門家と話そう」といった授業のコーディネートをやったのですが、生徒たちが学校を越えた人たちとICTを通じてコミュニケーションをとることで、目の輝きが変わりましたね。ICTの可能性は遠隔で行えるということもありますし、主体的に使いこなしていくことで、今まで先生からしか教えてもらえなかったことが変わってきているのかなと思いました。
大辻:タブレット端末は、世界とつながる窓だと思っているんです。その先にはYouTubeなどで、講義形式で授業をしてくれている人がたくさんいる訳で。そうなると「果たして教室の中の先生が、唯一無二の教え手か?」というと疑問がわきます。たった一つのデバイスを通じて教わる人も、子どもたちが選べるようになってきていると思いますね。そういう意味では、水野さんのされた「コーディネートのような役割を先生が担っていく」という別の役割が発生すると思っています。「君の興味・関心がそこにあるなら、知り合いでこういう人がいるから紹介するよ」というようなことをすると、子どもたちの主体的な学びが活性化すると期待しています。
水野:そうした中で、総合的な探究学習を本格的に始めている学校も多いですが、何かこれからの具体的な計画はありますか?
大辻:基本的に問題解決能力を育みたいと思っています。問題学という学問においては、理想と現実とのギャップ、その差が問題と定義されていて、これを埋めていくためのToDo が課題。問題を設定し、ToDoをつくって進めて解決まで導く。そうしたところまでを探究でやろうとしています。インターネットで調べるだけではToDo のところがリサーチで終わってしまうんですよね。それだと18歳で社会に出た時に、「いろいろと知ってはいるが、動けない」となってしまうので、この地域をフィールドとして「実際に問題解決を実行する」ということを来年の探究で考えています。
「オホーツク、道東全体をSDGsの学び場に」と提案する水野アドバイザー
■大空町全体が探究のキャンパス、起爆剤は興味と関心
水野:大辻校長は入学式のコメントで、「高校時代がキャリアに向けての滑走路の期間だ」と話していましたが、どのように飛び立っていくか?そういうところに対する探究学習の思いを聞かせてください。
大辻:農業の授業なんか見ていると、すごい子どもたちが楽しそうで。それは、実習があるからだろうなと思って見ています。自分の高校時代を振り返ってみても、机の上で勉強するだけではちょっと物足りないというか。どれもこれも教えられる立場になっていた。そうではなく、「自分の興味・関心を起爆剤として自ら学ぶ、自ら動く」ということ。それは、子どもたちにテーマの主権を渡さないと難しいと思うんです。であれば週2回、「自分の好きな分野、領域で勉強をすることによって、自発的に学ぶ」というところにドライブをかける。子どもたちが自分自身のエンジンに火をつけてくれるといいなと思いますね。
水野:大空町全体がキャンパスということですね。そうなると、ここには女満別空港があるのでオホーツク全体をSDGsの学びの場として、全国から修学旅行の受け入れもできそうですね(笑)。有機農家や持続可能な取り組みをしている漁師、酪農家。道外から実際に来て、学びの場としてSDGsのゴールがあれば、上手くコーディネートして交流できますよね。力まずに今やっていることを持続的に実現できたらいいですよね。
大辻 雄介(おおつじ ゆうすけ)
1974年、兵庫県生まれ。慶應大学経済学部出身。大手進学塾・予備校にて算数/数学を指導したのち、ベネッセコーポレーションに転職。ICTを活用した教育ビジネスの新規事業開発を担当する。遠隔授業サービスにおいて同時接続1万5千人の授業を実践。
2013年、ベネッセを退職し、島根県隠岐に移住。「島前高校魅力化プロジェクト」に参画。公設塾のマネジメントや教育ICT活用の推進に従事する。スタディサプリ数学講師を開始。
2017年、高知県土佐町に移住し、「嶺北高校魅力化プロジェクト」を牽引。公設塾・公営寮を設立したほか、探究学習の開始をサポート。その結果、入学者が17名から37名に倍増。
2018年より、総務省地域情報化アドバイザー。2020年度より、一般社団法人れいほく未来創造協議会事務局長。2020年、大空高校魅力化振興監として高校づくりに参画。
2021年度より、北海道大空高等学校の初代校長。
前道 慶太(まえみち けいた)
北海道大空高等学校 農場長(31歳)酪農学園大学農業経済学科を卒業後、旧北海道東藻琴高等学校で勤務。その後、統合により校名が変更になった北海道大空高等学校で引き続き「草花」を担当している。花の加工について研究中。
聞き手 水野 雅弘(みずの まさひろ)
株式会社TREE 代表取締役、SDGs.TV 総合プロデューサー、一般社団法人フューチャーエデュケーション代表理事。大手企業に対し20年以上のコンサルティング経験と実績を持つマーケティング戦略コンサルタント。持続可能な社会への普及啓発事業に注力し、COP10開会式の映像をはじめ、数多くの映像作品を手掛けている。
http://tree.vc/
撮影・文 清水たつや
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